離合詞=「動詞+目的語」?
以前、「“游几十米泳”はなぜ間違いなのか?」というテーマで記事を書いた際、“游泳”は「動詞+目的語」構造の離合詞(離合動詞)だと書いた。
私は泳げるけど数10メートルしか泳げない。これを中国語に翻訳する問題で、私が“我会游泳,但是只会游几十米泳。”と書いたところ、先生から容赦なく赤ペンを入れられた。
2025年5月18日
大学で第二外国語として中国語を習ったとき、先生からそう教わったからだ。すなわち、“游泳”は“泳”(泳ぎ=水泳というスポーツの種目)を“游”(泳ぐ)である、と。
当時の私は「泳ぎを泳ぐ?ヘンなの~」と首をかしげながらも、先生がそう言うならそうなのだろう、と自分を納得させていた。
離合詞には例えば
“散步”(散歩する)、“结婚”(結婚する)、“吵架”(口論する)、“洗澡”(お風呂に入る)、“跳舞”(ダンスする)
などの語がある。
そして、私が知っている離合詞の特徴は以下のとおり。
- 1語のように見えて実際には2語が連なっている
- 「動詞+目的語」で構成される
- その動詞と目的語の間に他の要素(アスペクト助詞や補語)を挿入することができる
念のため手持ちの文法書『中国語わかる文法』を確認してみたが、やはり離合詞の語構成は「動詞+目的語」だと説明されていた。
翻訳サービスを提供する会社「インターブックス」のコラムにも、“游”が動詞で“泳”が目的語だと書いてある。
よって、大学時代の先生の説明はごく一般的なものだったと思われる。
「動詞+動詞」説があるって知ってた?
ところが、最近、橋本陽介氏の中国語エッセイ『中国語は不思議「近くて遠い言語」の謎を解く』を読んだのだが、そこにはこう書いてあった。“游yóu”“泳yǒng”はどちらも「泳ぐ」の意味だ。離合詞になっているということは、あたかも「泳を遊ず」のような語構成と勘違いされているということだろう。“洗xǐ”“澡zǎo”はどちらも「洗う」の意味だし、“跳舞tiàowǔ”も「舞を跳ぶ」ではなく、「飛んで舞う」からダンスの意味になっていると思われる。つまり、いずれも似た意味の「動詞+動詞」で一語化しているものであって、「動詞+目的語」ではない。
橋本陽介(2022)『中国語は不思議「近くて遠い言語」の謎を解く』新潮社
まじで!?
ずっと“游泳”は「動詞+目的語」型の離合詞だと思ってきたのだ。にわかには信じがたい。
現在私が通っている中国語教室の先生も、“游泳”の“泳”は目的語だと言っていた。(故に、“游几十米泳”は動詞“游”に対して“几十米”と“泳”という2つの目的語がある状態になってしまうから誤りというわけだ。)
ただ、「動詞+動詞」という説に驚く一方で、腑に落ちることもあるのだ。
“游几十米泳”について、中国語教室の先生が「量詞“米”は“泳”を修飾できない」と言っていたが、“泳”が動詞だとしたら、それも当然だと思えてくる。
離合詞学習データベース「離合詞レキシコン」の“游泳 yóu yǒng”のページにも
という解説があった。V-N構造にあたるが、動作ー対象関係が明らかではない。【泳】は二音節化にするための補充成分かもしれない。だから、【泳】に対する修飾が検出されなかった。
並列構造の離合詞“游泳”
橋本氏の本の参考文献に挙げられていた、丸尾誠・韓涛(2018)「中国語の離合詞の用法について―動詞“留学”をめぐる問題―」でも、“游泳”、“洗澡”、“跳舞”は2つの動詞を組み合わせた並列構造の離合詞として扱われていたのだが、その論文の中に興味深い記述があった。孫引きになってしまうがご容赦願いたい。
“洗澡”は以前は並列関係であったが、現在ではもう動目関係に変わってしまった。近年、“游泳”や“考试”などにも同様の趨勢が見られ、“游完了泳再去划船”“考完了试好好休息一下”のような言い方が一部の人、とりわけ若者の間で流行している。
吕冀平・戴昭铭(1985)
“游泳”は元々「動詞+動詞」構造だったのが、次第に「動詞+目的語」構造だと見なされるようになり、今ではその認識が定着したということなのだろう。
これまで「離合詞=動詞+目的語」と考えていたが、実際にはそう単純ではないことが分かった。
まとめ
橋本氏の本がきっかけになって、離合詞“游泳”の語構成について調べてみた。私が以前“游几十米泳”という間違い作文を書いた一番の原因は、単に動量補語と数量詞の違いを理解できていなかったためだが、“泳”に動詞の要素があることを知っていたらあれこれ悩まずに済んだかもしれない。
おそらく、第二外国語として中国語を勉強するような初級学習者のうちは「動詞+目的語」として理解して問題はなさそうだが、レベルアップを目指す中級以上の学習者は「動詞+動詞」型の離合詞もあることを押さえておくと、中国語への理解が深まることだろう。
今回、離合詞について調べてみて、その拡張形式にも興味が湧いてきた。引き続き、関連文献を探してみようと思う。


0 件のコメント:
コメントを投稿